BtoBにおける大きな購買、いわゆる大型商談では、お客様は、専門知識、柔軟な対応力、そしてなにより、安心と安全を求めます。その要望に応えるため、法人営業と呼ばれる営業担当が商談において果たす役割は、極めて大きいと言えるでしょう。
営業効率化の参考書籍として、今回は「大型商談を成約に導く「SPIN」営業術(ニール・ラッカム著)」を取り上げたいと思います。
[目次]
1.なぜ、SPIN営業術が有効か
この「SPIN」営業術は、下記の3点の課題に対して、解決になります。
(課題1)大型商談では、見込み客は慎重になりがちである
大型商談は、見込み客にとっても経験が少なく、決断を下すことに及び腰になりがちです。さらに、商品がオーダーメードに近い、複雑な商品であれば、仕様や条件が複雑で、なおさら判断が難しくなるでしょう。
買い手と、売り手の、情報の不均衡性のなかで、見込み客が重要視するのは、「信用・信頼」です。
営業担当は、商談を進めるため、ひいては、自分の成績を上げるために、自社商品を売らなくてはなりません。しかし、この「売ろう」という姿勢が強すぎると、お客様の信用・信頼を遠ざけてしまいます。法人営業では、この矛盾をどう解決するのか、ということが問題になります。
「SPIN営業術」では、「商品を買ってもらうこと」よりも先に、「商談成約が、見込み客にとって、どれだけの利益をもたらすか」を十分にご理解頂くことこそが、商談を前に進めるために大切である、と説いています。商談成立による利益が大きくなれば。自然と支払意志額が大きくなり、大型商談に伴う大きな支出も容認できる、という考え方です。
そして、この書籍は、どのような筋道で、どのような話し方をすれば、お客様は、商談成立による利益を認めてくれるのか、ということを学ぶことができます。買い手と売り手を結びつけるマーケティング観点とは異なる、セリング観点に特化した、独特なアプローチです。BtoB、法人営業では重要な信用獲得、信頼構築に、大変参考になります。
(課題2)営業活動は千差万別で、画一化が難しい
営業効率を高めるためには、さまざまな状況で適用でき、さらに、営業全員で共有できる、汎用性の高いノウハウが求められます。しかし、お客様のパーソナリティ、商品の特性など、環境はケース・バイ・ケースで、どの場合にでも効果的なノウハウ、手法というのは、なかなか見つけることができません。
この書籍では、「商談を進める」ということを「支払意志額を引き上げる」というシンプルなモデルで捉えているため、分かりやすい内容となっています。また、応酬話法のように反論を引き出す、心理学を用いて相手を誘導する、といった複雑な方法ではなく、見込み客の抱えている問題に注目するという、シンプルでストレートな筋道なので、現場に展開でも難易度が低く、またトラブルが少ない内容だと思われます。
(課題3)オンライン・コミュニケーションの弱点は信頼獲得である
インターネットの発展により、情報の発信と取得は、オンラインに移行し続けています。距離を無視して、さらに、安価なコストでコミュニケーションを取ることのできる、素晴らしく便利な技術を、使わない手段はありません。しかし、一方で、オンラインのコミュニケーションだけでは、大型商談を成約にまで導くほど、お客様の信用信頼を獲得することが困難であるのも事実です。
これからの時代は、BtoB、法人営業においても、オンラインを活用することで「見つけてもらう」「気づいてもらう」ことを効率化すると同時に、一方で、営業担当は、強みを発揮できる「信用獲得」「信頼構築」を優先して注力することが、営業活動の効率化には重要だと考えています。この書籍が刊行されたのは1987年ですが、現代でも使える、あえて言えば、現代でこそ、より通用する内容だと言えます。
※ 営業活動の効率化については、こちらの記事も、関連性があります。
・ 営業活動を科学する『The Model(ザ・モデル)』のまとめ
2.SPIN営業術とは
値決めの上限を決める「支払意志額」を引き上げるには、見込み客が認識している問題を解決するだけでは、不十分です。見込み客への質問を通して、見込み客の「気づいていない問題」を掘り起こしましょう。次は、その「問題」が生み出している「悪影響」を明らかにしましょう。
「問題」が生み出す「悪影響」が大きければ大きいほど、深刻であれば深刻であるほど、見込み客は、おのずと、商談を進めたい、進めなければならない、と考えるからです。
SPINとは、下記4項目の頭文字です
・ Situation:状況質問
見込み客の現状分析のため、情報収集する
・ Problem:問題質問
見込み客が感じている問題を教えて頂く
さらに、見込み客の気づいていない問題に気付かせる
・ Implication:示唆質問
問題が引き起こす悪影響を示唆する
・ Need-Payoff:解決質問
見込み客の気づいていない、成約の価値、利点に気づかせる
3. 『大型商談を成約に導くSPIN営業術』の要約
行動心理学者である著者のニール・ラッカムは、経営コンサルタントとして、セールス活動をいかに改善するか、ということを研究していました。ある日、小さな商材を扱っていた時に優秀な成績を収めていた営業担当が、部署が変わって、大きな商材を扱うようになると、必ずしも、優秀な成績を収めることができない、と気づきます。
そして、大きな商材を扱う(大型商談)ためには、なにが必要か、ということに注目します。大型商談は、小型商談と、何が違うでしょうか?
ニール・ラッカムは、「大型商談では、複数の決裁者が決定に参加するため、実担当者の感情の影響が小さく、合理的説明が優先される、という特徴がある。小型商談では、営業担当個人が感情的に好まれる、ということが重要だが、大型商談では、営業担当個人が感情的に好まれることは、あまり重要ではない。」と考えています。
そして、大型商談にかかわる営業担当が求められる技術を、「商談の費用対効果(利益)を説明し、見込み客に納得させること」だと結論付けています。
この、「商談の費用対効果(利益)を説明し、見込み客を納得させられる」ことを効果的に進めるためには、どうしたら良いかを分析するために、実際の営業現場で、優秀な営業担当の活動について調査を行ったところ、2点のことが分かりました。
1点目は、優秀な営業担当は「よく質問をする」ということです。
調査によると、商談の成功率は、質問の数と、正の相関関係がありました。しかし一方で、提供する情報量は、商談の成約率とは関係性が無かったようです。営業担当は、見込み客に商品の利点をアピールするために、積極的に情報を提供しようとしますが、あまり効果的ではない、と説いています。
ニール・ラッカムはその原因として、以下のように説いています。
「人は、黙って話を聞きつづけることが基本的に苦痛と感じます。営業担当が質問をすれば、見込み客にしゃべらせることができるので、この「聞き続ける苦痛」を避けることができます。また、商談を進めるためには、見込み客が何を求めているのかを知ることが大切であり、そのためには質問をすることが効果的です。そして、見込み客は、相手のいうことは疑って聞き、信用しない傾向があるが、一方で自分で気づいたことは真実だと考える傾向があります。」
そして、「営業担当は、商談で自分の言葉をお客様に伝えるのではなく、質問を巧妙に組み立てることで、見込み客の意識を誘導するよう、心がけなければならない」と説いています。
2点目は、「問題の解決は、問題が顕在状態になって、初めて価値を認められる」ということです。
世の中を見回すと、だれもが多くの問題を抱えて生活しています。しかし、今すぐに解決しようとする問題と、解決しないでそのまま放置されてしまう問題があるはずです。ここで、ニール・ラッカムは、すぐに解決したいと考える状態を「顕在」、解決しないまま放置される状態を「潜在」と呼んでいます。
商談成約が、問題を解決できるとしても、解決できる問題が、優先順位の低い「潜在」の状態であれば、見込み客は大きなメリットを感じてくれません。しかし、商談が解決できる問題を、「潜在」から「顕在」に引き上げることができれば、見込み客は、商談を進めることに積極的になるはずです。
調査で分かったのは、商談成約が高い営業担当は、商談成約によって解決できる問題を、優先順位が低い「潜在」から、優先順位の高い「顕在」へと引き上げるアプローチが圧倒的に多かったとのことです。つまり、商談を進めるにあたり、これから進めようとする商談が解決する問題を、解決の優先順位が低い「潜在」の状態から、解決の優先度が高い「顕在」の状態に、引き上げることが大切、ということです。
調査結果から得られた上記2点のポイントを踏まえて、考えられたのが、「SPIN」営業術です。
まず、見込み客との会話は、できるだけ「質問」を中心に組み立てましょう。見込み客の情報が十分に集まったら、次は、お客様が抱えている問題が及ぼす悪影響を、列挙しましょう。見込み客が気づいていないことにも、できるだけ多く、触れるよう心かけましょう。問題に対する認識を、「潜在」から「顕在」に引き上げることができれば、商談が前向きに進むはずです。
ここからは、サンプル例として、トランクルームのレンタルをご提案する質問を考えてみます。
1.見込み客の状況を把握するために、質問を行う(Situation:状況質問)
見込み客と適切なコミュニケーションを取るためには、見込み客の状況を把握しておく必要があります。しかし、一方的に情報を取得しつづけることは、見込み客に不信感を与えます。過剰に、状況質問を続けないよう、注意しましょう。
(例)
どんな家に住んでいますか? 物置はありますか?
どんな家族構成ですか?
どんな趣味ですか?
2.見込み客が抱えている問題を聞く(Problem:問題質問)
見込み客自身が、現状、問題だと考えていることを質問することで、見込み客が、求めていることを探り出します。自社が解決できそうな問題の目星がついているのであれば、意識的に、有利な話題に誘導することも重要です。
(例)
生活空間は片付いていますか?
掃除は行き届いていますか?
長期間使わないものはどうされていますか?
必要なものはすぐに見つかりますか? 積み上げていませんか?
3.その問題が引き起こす、さらなる悪影響に誘導する(Implication:示唆質問)
一つの問題からは、複数の悪影響が発生します。質問を通して、見込み客に、できるだけ多くの悪影響に気付かせましょう。問題を放置する悪影響が大きい、と感じれば、見込み客は自然に、今すぐにでも対応しなくてはならない、という考えになるはずです。
(例)
散らかっていると、イライラしませんか?
掃除しにくいと、埃が溜まりませんか?
お子様は、良く風邪をひきませんか?
クローゼットの奥に押し込むと、傷んだり、シミがついたりしませんか?
クローゼットの奥にしまい込むと、取り出すのが大変ではないですか?
4.解決によってもたらされる効果に誘導する(Need-Payoff:解決質問)
悪影響の解消と、成約に伴う良影響の合計が、成約の価値です。この解決質問では、商談を成立させるメリットを伝えることで、見込み客を前向きな気持ちにして、購買への気持ちを後押しします。
(例)
不要物が無くなったら、空間が素敵になりますね?
物が少ないと、掃除もしやすいので、清潔になりますね?
楽器は、きっちり保管しておいた方が、傷まないですよね?
広い部屋を借りるより、トランクルームのほうが、安くつきますね?
質問を中心に商談を進める方法は、自説を押し付けないために、見込み客から反論を受けにくい、というメリットがあります。
また、商談を成約させるには、SPIN話法に加え、
・自社が、信頼に値する能力を、兼ね備えていることを、伝える
・見込み客が感じている、心配、懸案を、丁寧に解消する
・見込み客との関係性が切れないよう、常に、具体的な進展を心がける
ことも、重要と、ニール・ラッカムはアドバイスしています。
4.問題の顕在化について
> 顕在と潜在の違い
腹痛に悩まされているときには、「今すぐ、病院に行きたい」と思うはずです。しかし、健康診断で異常値が出ていても、痛みが伴わないと、「仕事が落ち着いた時に、病院に行こう」と思い、後回しになってしまいます。顕在化している問題とは、前者のような、苦痛を伴う、緊急性がある、優先度が高い問題を指します。
> 見込み客は、なぜ、すべての悪影響に気付かないのか
ひとつの問題が、複数の悪影響を引き起こす例を挙げてみます。たとえば、乗用車で、ドアと車体の間に、隙間があるとします。この1つの問題からは、
・乗車してから、なかなか適温にならない
・適温を維持できない
・エアコンに負荷がかかり、燃費が悪くなる
・オーディオの品質が下がり、満足度が下がる
といった4つの悪影響が発生します。
見込み客に悪影響を指摘するときには、お客様が最初に、問題に気付くきっかけになった悪影響だけでなく、気づいていない悪影響についても、言及することが大切です。
多くの見込み客が、問題が引き起こす、すべての悪影響に気付いていないことを、不思議に感じられるかもしれませんが、それには理由があります。それは、見込み客は、問題の解決ではなく、悪影響の解消を望んでいるからです。(レビットのドリルの穴と同じ考え方です)
SPIN営業術で、見込み客が気づいていない悪影響を伝えることができれば、問題解決の価値を高めることができます。つまり、問題を潜在状態から、顕在状態に引き上げることができます。
>問題の深彫りと、営業の本当の役割
「悪影響」には、必ず、それを引き起こす要因となる「問題」があります。「問題」に気付き、解決することは、重要です。
しかし、その「問題」を引き起こす「原因(真因)」が、さらに存在するなら、その「原因(真因)」を解決したほうが、より根本的な解決に繋がります。
明確化している問題から、さらに原因を追究していくことを、「深掘り」と呼びます。
気づかぬ原因(真因)は、気づかぬ問題を引き起こし、気づかぬ悪影響を、今も、引き起こしています。
さらに、悪影響への対処療法は、結果的に、本当の問題解決を先送りになることもあります。
だからこそ、問題を深彫りし、本質的な原因を発見することが重要です。
わたしは、営業活動における質問の重要性とは、SPIN営業にて言及されている「問題の顕在化」に加え、この「原因(真因)の深掘り」にある、と考えています。お客様の困りごとを真剣に受け止めつつ、それに留まらず、さらに本質を深く考え、真の解決方法をご提案をすることこそが、法人営業の役割だと思います。
営業が本当にお客様に貢献するためにも、わたしは、お客様の考えを、さらに上回る深い洞察ができる営業になりたいと思います。
〇 参考リンク
営業活動のムリムダムラを取り除くことで、営業活動を効率的にアップデートする記事はこちらです。
→AIDMAに替わるセールスモデル「フリクションレスホイール」(ムリムダムラの無い営業活動)
信頼を後押しとして、顧客が自ら買いたくなる、スムーズなマーケティング活動の記事はこちらです。
→顧客に寄り添い、顧客との信頼関係を築く「インバウンドマーケティング」とは
システムを活用した営業支援について書かれた「The Model」の要約記事はこちらです。
→セールス活動を科学する『The Model(ザ・モデル)』のまとめ(ザ・モデルとは)
〇「経営書を読む」の一覧
・生産性改善に役立つ『ザ・ゴール:企業の究極の目的とは何か』
・ウィズコロナの不安を乗り越えるための書籍『森田療法:岩井寛著』
・コロナ不況下の経営に役立つ『不況に克つ12の知恵:松下幸之助著』のまとめ
・営業活動を科学する『The Model(ザ・モデル)』のまとめ
・感性的な悩みをしない考え方「オプティミストはなぜ成功するか」のまとめ
〇「経営書を読む」の目的
素晴らしい書籍の存在をお伝えし、興味を持ってもらう(そして、書籍本文を読んでもらう)
著者が提唱する、経営理論、マーケティング理論の概略を知ってもらう。(そして、抱えている問題の解決を手伝う)
〇「経営書を読む」を記す意義
投稿を読まれた方が、新しい知識を手に入れるきっかけを作ることで、問題解決の糸口を探すお手伝いをする。
素晴らしい書籍が読まれる機会を増やすことで、社会の進歩発展に貢献する
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