フィルム、写真と言った「物体」は、時間と共に形状劣化が進んでいきます。デジタルアーカイブ、つまり、スキャニングを行うことで、その時点の忠実なデータを、永遠に残すことができます。
とはいえ、今後、使うかどうか分からない写真、フィルムのスキャンに予算を割くことが難しいのも現実です。予算が潤沢にないならば、「原資料の保存環境の構築」や「原資料の修復」が第一選択肢で、デジタル化・レプリカ製作はその次の段階です。オリジナルに勝る資料はありません。
と言うわけで、今回は「写真の保存環境」について、備忘録的にまとめてみました。
-----------------------------------------------
[スキャニングに関する参考リンク]
業務用ドラムスキャナと家庭用スキャナの違いってなに?というお話:1 〜読み込み解像度編〜
業務用ドラムスキャナと家庭用スキャナの違いってなに?というお話:2 〜読み込み濃度編〜
より精度の高いデータを残すためには、フラットベッドスキャナではなく、業務用ドラムスキャナでのデジタル化が望ましいところです。しかし、ドラムスキャナは、世界中のメーカーが、既にサポートを終了しており、今後も作業ができる環境を維持することは困難になっています。残念ながら、フィルムや写真を、精度の高いデジタルデータで記録するための時間は、もう限られています。
ドラムスキャナによるデジタル化、あるいは、レプリカ製作をご希望の方は、こちらより、お問い合わせ下さい。
--------------------------------------
<東京都写真美術館の事例>
日本を代表する写真専門の美術館、東京都写真術館の保存環境について記された文献が公開されています。
(日本写真学会誌2007年71巻2号54-59)
https://topmuseum.jp/contents/images/explanation/ex_04.pdf
これによると
・フィルム全般は室温5度、湿度45%
・ガラス乾板や染料を使ったプリント室温10度、湿度45%
・プリントや印刷物は室温20度、湿度50%
となっています。室温20度程度なら美術倉庫でも対応できそうですが、5度とか10度って冷蔵庫やん。
なんでも2度程度で保管すれば500年は保つそうです...。家庭や普通の美術館博物館ではちょっとしんどい設定ですね。
<避けるべき環境>
東京都写真美術館のような保存環境の構築/維持はほとんどの場合、無理でしょう。
個人や会社での写真の保存環境として一般的に避けておきたい環境としては、
・熱がこもる場所は避ける(日の当たる壁の近くや屋根裏はダメ)
・湿気がこもる場所は避ける(床下や地下室はダメ)
・窓の近くは避ける(結露による湿度変化)
・エアコンの風の直撃は避ける(温度や湿度の急激な変化)
・オゾンが発生するような場所は避ける
・除菌イオンや次亜塩素酸の発生する機器のそばは避ける(カビ菌もフィルムもやっつけられる)
・通気性の悪いネガホルダーや保存箱は避ける(お菓子の金属容器とかはダメ)
・可塑剤やVOCを含む容器は避ける(塩ビ容器とか合板とかはダメ)
などが挙げられます。
あとは
・年1回は虫干しして状態をチェック(変化に気づく)
・できればフィルム以外の状態でも保存する(情報の二重化:プリント、デジタル化など)
もしておけば安心でしょう。
具体的に場所を挙げるとは
・家庭だと1階の押し入れの天袋〜上段
・お布団とか座布団とか湿気がこもりそうなものとは一緒に入れない
・社内だと倉庫より事務所内
・コピー機や空気清浄機からはオゾンが発生することがあるのでそばには置かない
平たく言えば「人が快適な環境」はフィルムや印画紙にも快適だといえます。
油絵や掛軸などの美術品や雛人形の保管条件にも近いですね。
<軽度な劣化の兆候と対策>
フィルムが劣化してくると、お酢の匂いがしてきます。フィルムが加水分解することで酢酸を生成、生成した酢酸はさらに加水分解を加速させるので、早く対処しないと劣化がどんどん進みます。
対策としては
・他のフィルムとは隔離する
・新しい中性紙のホルダーに変える(通気が悪いと劣化が急速に進行する)
・風通しの良い環境で保存(通気の良い環境下で発生した酢酸をとばす)
・予算があれば状態の良いうちにプリントかデジタル化する
などが挙げられます。
<中〜重度の劣化の兆候と対策>
加水分解がさらに進むとフィルムに目に見える変化が起こってきます。
具体的には
・丸まってきている
・ひびが入っている/割れてきている
・溶けかけている/ベタベタする
で、最終的には粉々/ドロドロになり、寿命を終えます。
これらの兆候が出ると今後の保存は難しいので、プリントする、あるいはデジタル化することで情報としての継承を考えることになります。
<写真の保存に関連するJIS規格>
JIS K7642 写真―写真印画の保存方法
JIS K7644 写真―現像処理済み写真乾板―保存方法
JIS K7645 写真―現像処理済み写真フィルム、乾板及び印画紙―方材、アルバム及び保存容器
など
<JIS規格をまとめると>
1.保存環境:温湿度について
・温度:25度以下(24時間以内にプラスマイナス5度以内)
・湿度:20〜50%(24時間以内にプラスマイナス10%以内)
※より長期の保存の場合はより低温(18度以下)が望ましい
高湿度下では
・カビの発生・残留ハロゲン化銀や処理薬品(チオ硫酸塩)の銀画像に及ぼす作用が加速,色素画像の安定性も損う
・プリントの支持体を劣化させる
なので「低湿度下」が望ましいが、湿度が低ければ低いで
・カーリングによる変形
・画像層がもろくなる(ひび割れ・はがれ)
など注意が必要ですね。
また、温度変化に伴い発生する結露にも、注意が必要です。
2.保存環境:空気について
・ほこりなどの固体粒子は傷やシミ、よごれの発生源になる
・硫黄化合物やオゾン、過酸化物、アンモニア、塗料からの蒸気及びその他の活性な化合物などの有害気体は支持体の損傷及び写真画像の化学的な劣化を引き起こす
身近なところだったら、自動車の排気ガス、窒素酸化物、二酸化硫黄とかレーザープリンタや空気清浄機から発生するオゾンなど
合板に使われている糊から出るVOC
微生物スライムからは硫化水素が発生することもあります。
3.保存容器について
・中性紙(リグニンの少ないもの:漂白サルファイトパルプか漂白クラフトパルプ)でサンド
・フィルムやグラシン紙のスリーブは内容が見やすいが通気性が悪いので避けるべき
・塩化物若しくは硝酸基をもつ化合物を含む包材、又は多量の可塑剤を含む包材は避けるべき
・容器は塗布加工なしのポリエステル(ポリエチレンテレフタレート)、ポリスチレン、高密度ポリエチレン及びポリプロピレン
・硝酸セルロース(燃えやすいから?)及びポリ塩化ビニル(可塑剤?)の容器は絶対に使用してはいけない
・シールに使用する糊材はでん粉、メチルセルロース系の接着剤が適している
・ホルマリン系の接着剤はダメ(合板の木箱とかダメ)
・桐箱や杉箱は安いものはヤニやVOCが出る可能性があるので「十分に枯れた」ものを使う
・貼り合わせはプリントの画像面に当たらないように縁で貼り合わせる
・調湿機能や酸に対する緩衝機能を持った紙など機能性を持った紙もあるのでそれらも利用する
以上何かのご参考になれば幸いです。
Leave Comment