多くの中小企業は、人材不足に悩んでいます。あんな人が欲しい、こんな人が欲しいという声を耳にします。しかし、新しい人を求める前に、まず、するべきことがあるのではないでしょうか。それは、今いる従業員に、能力を最大限に発揮してもらうことです。
自分のことを振り返った時、調子が悪くて、能力が半分しか出せていないという経験はありませんか。また、逆に、自分の限界を超えて、能力を発揮できているという経験も、あるのではないでしょうか。
「メンバーの才能を開花させる技法」の著者であるリズ・ワイズマンは、前者と後者では、生産性に2倍以上の開きがあると語っています。2倍の生産性を求めるために、人数を倍に増やせば、固定費も倍になります。しかし、もし、今いる人材の能力を2倍に伸ばすことができれば、圧倒的な高収益企業に成長することができます。
今回取り上げる、「メンバーの才能を開花させる技法」では、メンバーの能力を最大限に引き出すリーダーを「増幅型リーダー」、メンバーを威圧し、消耗させるリーダーを「消耗型リーダー」と呼び、それぞれの特徴を対比して記しています。そして、どのようにすれば、増幅型リーダーになれるのかを、教えてくれます。全従業員の物心両面の幸福の実現のためにも参考となる書籍だと思います。
[目次]
2.2.自由でありながら、緊張感のある環境を作る(才能の解放者になる)
2.5.オーナーシップと責任を植え付ける(メンバーへの投資家になる)
1.増幅型リーダーとは(概論)
1.1.増幅型リーダーの5つの特徴
増幅型リーダーはメンバーの知性を引き出し、イノベーション、生産的な努力、集合知を生み出す。その特徴は5つ。
・人々を惹きつける(才能のマグネット)
・自由でありながら、緊張感のある環境を作る(才能の解放者)
・大いに挑戦させる(挑戦者)
・議論を通じて決断する(議論の推進者)
・オーナーシップと責任を植え付ける(投資家)
1.2.増幅型リーダーの考え方
「全ての人は成長する」「知性や能力は、努力によって育まれる」と信じている。だからこそ、メンバーの能力を引き出し、育てるために何ができるのかを、考え続けることができる。また、メンバーを信頼しているからこそ、困難な状況でも、メンバーに挑戦させ、最後まで自由に任せることができる。
1.3.リーダーが陥りがちな間違い
能力が高い人であればあるほど、自分が実力を発揮して、管理しなくてはならないと思い込みがちである。しかし、自分が答えを決めてしまう、出してしまうことは、周囲を委縮させることに繋がっている。
2.「メンバーの才能を開花させる技法」の要約
2.1.人々を惹きつける(才能のマグネットになる)
チーム内のメンバーの才能を活かすことができれば、高い生産性を発揮し、成果が生まれる。その結果、チームへの信頼が生まれ、より良いメンバーが集まる。そのような好循環を生み出すために、取り組むべきことは
・人材を求め続ける
肩書、所属、過去にとらわれることなく、分け隔てなく、能力本位で、人材登用を行う
・天賦の才を発掘する
本人が気づいていない強みに光を当てる
・才能を最大限に活用する
メンバーに才能を活かすチャンスを与え、成功に導き、賞賛し、自信を植え付ける
・障害を取り除く
排他的なメンバーがいたとすれば、優秀であったとしても、断固として排除する(リーダー自身がそうならないよう、注意する)
2.2.自由でありながら、緊張感のある環境を作る(才能の解放者になる)
リーダーが感情的になると、メンバーはストレスと不安で委縮してしまう。最高のアイデアは自発的に生まれるもので、強制からは生まれない。人材が能力を発揮するには、安心感とオープンな「居心地の良い」環境が必要である。しかし、ただ自由を与えるだけでは、最高の仕事を引き出すことはできない。正しい「プレッシャー」をかけ、最高の思考と最高の仕事を要求する「緊張感のある環境」を作ることもリーダーの役割である。
居心地の良さとプレッシャーを共存させる手法は「取引」である。増幅型リーダーは、
「素晴らしい環境」を提供する見返りに、「最高の仕事」を要求する。
「失敗を許容する」見返りに「失敗から学び、成長すること(間違いを繰り返さないこと)」を要求する。
そのための取り組みは
・メンバーの居場所を作る
リーダーである自分が前に立ちすぎず、メンバーを前面に押し出す。そして、メンバーの意見に耳を傾けることで、メンバーが実力を発揮できる環境を作る
・一貫した行動をとる
リーダーは感情的にならず、安定的であるよう意識する。そうすれば、リーダーの行動が予測できるので、安心感が生まれ、メンバーにとって居心地の良い環境になる
・チャンスを平等に与える
出身、肩書、在籍年数といった背景に左右されず、すべてのメンバーに平等に接することで、だれもが遠慮なく能力を開放できる環境を作る
・最高の仕事を求める
メンバーからの仕事に満足しないときは、遠慮なく、そのことを伝える。ただし、「結果」にこだわるのではなく、メンバーの「ベスト」を求めるように気を付ける。(結果は、必ずしも、本人のコントロールが及ばないため)
・素早い学びのサイクルを生み出す
失敗をさらけ出せる空気感を醸成し、メンバーが失敗を正当化しないようにする。メンバーが失敗の原因を分析し、ふたたびチャレンジできるように導く。失敗から学ぶ文化を育むことで、メンバーに貴重な成長機会を与えることができる。
また、具体的な話として
・話し過ぎるリーダーから卒業するための「チケット制の発言」
・自分の意見を述べるか迷うリーダーのために「ソフトな意見」「ハードな意見」
・失敗をさらけ出せる雰囲気を作るための「リーダー自身が失敗談を語る」
といったテクニックも紹介されている。
2.3.大いに挑戦させる
リーダーの命令が絶対になると、リーダーに従うことが、メンバーの目的になる。すると、リーダーの限界が組織の限界になる。さらにメンバーは指示待ちの思考になり、成長が止まってしまう。
増幅型リーダーは、自分で答えを出さない。メンバーに、頭を使って正しい事業機会を見つけさせ、それを実現すべく、メンバー自身に挑戦させる。その結果、組織は、リーダーの限界を超えた成果を得ることができる。
増幅型リーダーは、メンバーを挑戦に導くために、まず、「大きな問い」を投げかける。そして、「その問いは、必ず解決できる」と示す。
チャンスの種を撒く
リーダーは答えではなく、情報を与え、メンバーに考えさせる。メンバーの思考を深めるために、前提を疑う質問を投げかけ、新しい思考の枠組を提示する。
挑戦を掲げる
組織の限界を超える、不可能に思えるような高い目標を掲げることで、チームを挑戦に導く。自分たちの今の知識や立場では答えられない深い質問で、メンバーに自分の考えを省みさせ、学習を促す。
自信を植え付ける
メンバーが「不可能だ」と考えている状態では、答えが出てこない。達成可能な具体的な目標を設定し、小さな勝利を重ね、自信を植え付けることも必要である。また、時によっては、メンバーと伴走して、実現性の高いルートを見つけることもある。
大きな目標に挑戦するためには、リーダー自身が
・自分が答えを知っていないといけない、という固定概念を廃すること
・挑戦で、人は成長する、と信じること
・知的好奇心を持つこと
が大切である。
また、
・命令ではなく、質問で人を動かす
・自分だけでなく、メンバー全員の知見を広げる機会を作る(たとえば、市場、顧客、現場に接する機会を作る)
・挑戦を、少人数グループではなく、組織全体として取り組む
ことも心がけていきたい。
2.4.議論を通じて決断する(議論の推進者になる)
リーダーが少人数、あるいは、自分一人で物事を決めてしまうと、メンバーの能力を活用できないばかりか、実行段階で空回りしやすい。増幅型リーダーは、メンバーを議論に巻き込み、より良い決定を導くことで、メンバーの集合知を育み、さらに、実行力を高める。
議論を通じて意思決定をするために、取り組むべきことは
正しい質問を通して、正しい問題に着目させる
実りある議論を行うためには、正しい枠組みが必要である。リーダーは質問を通して、枠組みを作り出す。
正しいメンバーでチームを作る
決定に必要な情報を提供できる人、決定に影響を受ける利害関係者、決定の結果を左右する責任者を、議論するメンバーに含める
意思決定のためのデータを求める
決定に必要な情報を特定し、議論を始める前に、必要な情報を準備しておくよう求める
決定の方法を示す
なにを論じるべきなのか、なぜそれが大切なのか、どのように最終決定がなされるか、それらを事前に示すことで、メンバー全員に、自分たちがなにを求められているか、理解してもらう
安全を確保する(恐れを取り除く)
メンバーがアイデアを出しやすくなるように配慮する。
従来のものの見方を疑うような問いを投げかけ、思い込みを表面化させる
根拠、証拠を求め続けることで、思い込みを廃する。また、拙速に合意に向かうことを押しとどめ、多面的な判断を促す
意思決定プロセスを明確にすることで 「開かれた決定」を徹底する
いつ、だれが、決定するのか、メンバーの意見の違いをどう調整するのかを、明確にすることで、メンバーが疑心暗鬼になるのを防ぎ、100%議論に集中できるようにする
恐れずに決断を下す
合意に至らないときは、リーダー自身が決断を下すことを厭わない。
決定内容と理由をメンバーに知らせる
全員が決定に納得することで、実行の際に支援と勢いが生まれる
議論を通じて決断する背景にあるのは、自分の能力を過信するのではなく、メンバーの知識を総動員することでこそ、最善の答えを導くことができるというリーダーの信頼である。
2.5.オーナーシップと責任を植え付ける(メンバーへの投資家になる)
リーダーは、現場の状況が悪くなると、思わず、状況の打開のために、飛び出したくなる。しかし、その結果、メンバーの自発性は育たず、リーダーに頼るクセがついてしまう。増幅型リーダーは、メンバーに任せ、メンバーを支えることで、メンバーを成長させる。
権限を与え、目標達成の責任の所在を明確にする
メンバーのオーナーシップが強まり、成功も失敗も自分の努力次第だと考えるようになる
問いを投げかけ、教え、導く
壁にぶつかったときに、解決法を提示する代わりに、より深く考えさせる質問を投げる。質問は、答え以上の収穫を生み出す。
自分以外のサポート役を指名する
自分が適任ではないと判断されるときには、必要に応じて、自分以外のサポート役を指名する
任せきる、最後までやらせる
メンバーに求められて、サポートに入ることがあっても、自分が完成させない。メンバーに責任と権限を返す。
ありのままの結果を受け止める
失敗を帳消しにするために、自分が介入してしまうことをやめる。
成果を見える化する
成功が目に見える形で現れれば、能力とエネルギーを引き出すことができる
リーダーを育てることができるようになると、更なるメンバーの育成に取り組める好循環が生まれ、組織がみるみる成長してゆく。ポイントは
・権限の委譲と責任の所在を明確にする
・流れに任せ、失敗を経験させ、失敗について語り合い、次に目を向けさせる
・自分が問題解決に関わらない。メンバーに解決させる
・協力を求められても、助けは最低限にする(甘えさせない)
メンバーの自発性が開花すれば、視野と影響力が広がり。新しい増幅型リーダーを生まれていくはずだ。
2.6.「増幅型リーダー」を目指すあなたに
増幅型リーダーになりたいと思ったのであれば、自分の中の、増幅型リーダーでは「ない」部分に気づき、決意をもって、変えていくことが必要になる。難しく聞こえるが、決してそんなことは無い。ポイントは
手抜きをする
いきなりすべてに取り組もうとするのではなく、強みを伸ばすことと、弱みを改善することに、まずは、集中する。
自分の固定概念を見直し、増幅型リーダーの考え方を取り入れる
「メンバーは独力で問題を解決できる」
「最高のアイデアは自発的に生まれるもので、強制されるものではない」
「挑戦させると、人は賢くなる」
「大勢の頭を使えば、きっと解決できる」
「メンバーはみな有能で、その気になれば、なんでもできる」
ひとつの課題を30日間、続ける
試行錯誤を通して、成長し、成功を体験する
同じ疑問を自問し続け、学び続ける
考え続けることで、より深く、より大きな学びを得る
コミュニティを作る
集団で取り組む、あるいは、相談できる人と厳しく指導してくれる人を見つけることができれば、実践を継続しやすくなる
3.私論
稲盛経営哲学とリーダー教育
稲盛経営哲学では、フィロソフィとアメーバー経営が、根幹とされています。
アメーバー経営では、アメーバーリーダーに権限が委譲され、さらに、責任の所在が明確化になり、さらに、成果が一目瞭然に分かるようになります。フィロソフィ教育では、従業員を惚れさせる(才能のマグネット)、本音の対話(議論の推進者)、完璧主義を貫く(最高の仕事を求める)、高い目標を持つ(挑戦者)といった言葉があります。
「メンバーの才能を開花させる技法」にて記載されている多くの項目が、フィロソフィ教育とアメーバー経営に含まれており、稲盛経営哲学が、リーダー育成に効果的であることを裏付ける資料としても、読むことができます。
やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ
とても有名な言葉なので、既にご存じの方も多いかと思いますが、山本五十六の名言です。「言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば」は、「メンバーの才能を開花させる技法」とも、相通じるところがありますが、冒頭の「やってみせ」は、「メンバーの才能を開花させる技法」で言及されていません。
しかし、わたしはリーダーがメンバーの信頼を獲得するために、まず、汗水をかいて率先垂範することも大切ではないかと思います。なぜなら、リーダーが信頼されていない状況では、リーダーが何を言っても、メンバーはまともに聞き入れてくれません。また、リーダーはメンバーに任せたつもりでいたとしても、メンバーには「丸投げ」と受け取られかねないからです。
ところで、この言葉には、続きがあります。
「話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず」
これこそ、まさに増幅型リーダーの姿と言えそうです。
1兆ドルコーチ、ビルキャンベルの教え
「メンバーの才能を開花させる技法」で、増幅型リーダーとして登場しているビル・キャンベルは、Googleの元CEOであるエリック・シュミットが書いた「1兆ドルコーチ」でも取り上げられています。増幅型リーダーを、多角的に学ぶ実践事例として、参考となる書籍ではないかと思います。
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